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■ボジョレーの花嫁

ヨーロッパにはよく日本の新婚カップルが訪れる。特にフランスは新婚ツアーに人気のある国だ。開国以来、日本はヨーロッパに憧れてきた。だから、若い人たちにとってキリスト教教会での結婚式は憧れのようだ。わざわざパリまで来てアメリカンチャーチで結婚式を挙げるカップルもあるし、最近はモンサンミッシェル・ブームに乗って修道院のクロイスター(中庭)や食堂(じきどう)で記念撮影をしているカップルに出合う。しかし、新婚さんはキリスト教信者ではない。
 
ボジョレーの花嫁の結婚式は本物である。結婚式の行われる教会は17世紀のものと思われる歴史ある教会で、日曜日ごとに今でもミサが行われている。こじんまりとした教会だがそれでも村の人たち全員が入れるくらいの大きさはある。
 宗教結婚式はいわゆるヴァージンロードからの入場で始まった。新郎は産みの母と、新婦は産みの父と腕を組み、先頭を歩いているのは新郎の父と新婦の母である。参列者には前もって印刷された結婚ミサの進行プログラムが配布されていた。詩編を暗誦していて謳える人は少ないし、神父さんにしても<聖パウロのローマ人への手紙>などすべて憶えられるものではない。教会の北翼廊には聖歌隊が控え神父が導く儀式に合わせて<ハレルヤ>などを厳かに合唱している。南翼廊では天使役の子供たちがおとなしく席に座っている。神父は傍らの柱のキリスト磔刑像とその反対側にある聖母子像に囲まれて式典を取り仕切っている。やがてマタイ書19章が読まれた。

写真1
<ファリサイ人たちが近づきイエスを試した。色んな理由を作って妻を追い出すことができるであろうか?><あなた方は聖なる書を読んでいないのですか?初めに創造主は男と女を作り、言われた。男は父と母から離れ妻と一緒になるのです。二人で一つ。ですから彼らは二人ではなく一人なのです。神が一つにしたものは分けることはできません。> 新しい人生をこれから二人で歩いていくための最も基本的で神聖なことを神父はマタイ書を選んで説教したのだった(写真1)。
宗教結婚式は市民結婚式よりもずっと長く、1時間半ほど続き、また別の意味で<同じように重い>結婚式のミサであった。ミサの最後は教会から出てくる二人への祝福である。教会から出てくる二人に祝福米を投げみんなで二人の門出を祝う。カメラのフラッシュが光る。俗世界からの祝福と言っていいだろうか?
 
祝福のパーティーは新婦の祖母の家で行われた。周りはぶどう畑で遠くにブルイーの山が見える(写真2)。外庭と中庭にはテントが張られている。外庭でカクテルパーティーが始まった。アペリティフを飲みながら立ったままでまずはおしゃべりである。これが実に長い。アペリティフはキール、アルコールのダメな人にはジュースやミネラルウォーターが準備されている。キールとはブルゴーニュ・ディジョンの市長の名前から来ており市長が乾杯のために考え付いたものだ。ブルゴーニュ名産のカシスのシロップを白ワインで割った食前酒だ。祝い酒を飲むごとに招待客たちの饒舌はさらに滑らかになっていく。日本人にとってはもうそろそろテーブルについてもいいのにと思うぐらいアペリティフの時間は長い。つまりおしゃべりの時間が長い。

写真2
いよいよ招待客たちが中庭のテントの下に設けられたテーブルに着く。しばらくして突然音楽が響き渡った。テントのカーテンが開き新婚カップルが現れダンスを披露し始めた。喝采とカメラのフラッシュが交差して、テントの中の雰囲気がパッと華やいだ。テーブルに置かれているワインは当然Brouillyブルイィーだ。花嫁のご両親がタイの国に滞在しているので祝宴の食事は意外にもタイ料理。やや冷やしたボジョレーのワインに合うだろう。
会食中、新婚さん二人は食べることもなくテーブルを回っては愛想を振りまき挨拶をしている。雇われたカメラマンがフラッシュを焚く。フランスには金銭的ご祝儀はないので人生の新しいスタートを切ったばかりの二人には結構な負担だろうと余計な心配をする。
 宴は夜明けごろまで続くようだが体力のない日本人にはとてもきつい。午前零時前には失礼して宿に帰った。フランスの慣習では、招待客たちは翌日もお昼前に来て残った料理を食べながら再びお祝いをするのだというからすごい。
 ボジョレーに行ってフランス式結婚式を村役場と村の教会で体験できた。そして、披露宴ではいっぱいしゃべり、いっぱい食べ、いっぱい飲んで祝うフランス式結婚式も文字通り体で経験した。
 ボジョレーの花嫁は高校の教師だという。なんだか花嫁とマリアンヌの像が重なってきた。彼女の夫になった友人の子息との末永い幸せな日々を祈るばかりだ。

協会HP文化部





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