フランス中心部を大西洋へと流れるロワール河と支流シェール川の間にはソローニュという森と沼地だけの広大な空間がある。しかしあまり訪れることはない。
ロワール古城を巡るツアーガイドをよくやるのでソローニュの森にはかねてから興味を持っていた。今回やっと思いがかなった。車で高速10号線を走りオルレアンのあたりで71号線に乗り換えてロワール河を渡るともうソローニュの森である。この森は特殊な森で、いたるところに沼がある。狩りにも釣りにも良いところだ。百年戦争が終わっても王様がロワールから離れなかった原因の一つにソローニュの存在があるかもしれない。ソローニュはハンティングの天国なのである。 |
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写真1
写真2
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時代は19世紀になると鉄道の発達によりパリジャンたちまでが鉄砲かついで来るようになった。ラモット・ブーブロン(Lamotte-Beuvron)駅前のホテルは急に忙しくなった。エピソードとして語られるに、ある日、レストランは満席で猫の手も借りたいほどであった。サービスも滞りなく終わってひと息ついた時、最後のデザートが足りないことが分かった。調理場の担当は妹のカロリーヌで、あわてて調理場に行く。ほとんど材料はなかったがテーブルの上にリンゴが数個転がっている。もともとそそっかしい性格のカロリーヌはパイ皿にバターを塗り、砂糖を振りかけ、リンゴを大まかに角切りしてその上に並べオーブンの中で煮込んだが、しばらくしてパイ生地を敷かなかったミスに気付いた。そこで仕方なく薄い生地でキャラメル化されたリンゴを覆うことにした。こうして出来上がったのが焼きリンゴパイである。パイ生地をかぶせるという常識破りの作り方になったので今までにないリンゴパイが出来上がった。焼きたてのパイを客に運ぶと、<こんなに暖かいりんごパイは初めてだ!>と大喜び。そそっかしいカロリーヌの姓はタタン(Tatin)という。タルト・タタンはこのようにして誕生した。今でもホテル・タタンは駅前にある(写真1)。時代は変わり鉄道乗客は減少し森は昔のようにまた静かになっても、ホテル・タタンは健在で今でも伝統料理と有名なタルトをサービスしている(写真2)。 |
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そして、タタン姉妹が使用したオーブンは今でもホテルのカフェ・バーに展示されている(写真3)。ラモット・ブーブロンはパリから南に170kmの所にあり、列車で行くとすればパリ・オーステリッツ駅からオルレアンに行き、ヴィエルゾンVierzon、ブルジュBourges方面に乗り換えると良い。 |
写真3 |
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ソローニュの森を過ぎるとシェール川(Cher)に当たる。シェール川のほとりにはヤギのチーズで知られるセル・シュール・シェール(Selles-sur-Cher)の町がある。セルのチーズは日本人が苦手にするヤギのチーズでしかも黒い衣をしている。木炭粉を使って熟成させているからだ。しかし中身は真っ白で珍味、黒い皮を取らずに味わいたい。セルはこの地方を代表するチーズなのだ(写真7)。
ソローニュの森はシェール川で終わる。この川を越えると風景は一変して行く。豊かな平野が何処までも続くベリー地方に入っていく。 |
写真7 |
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