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■ボジョレーの花嫁

友人の子息がボジョレーの女性と結婚するというので運転を買って出た。ぜひフランス式結婚を見たいと思ったからだ。それにボジョレーの花嫁が興味を引き付けたのだった。
 

写真1

写真2
 ボジョレーヌーボー(Beaujolais nouveau)で知られるボジョレー地方はパリから結構遠いので日本人で訪れる人は少ない。しかし、旬ものが好きな日本人は出来立てのワインを売り出すことで知られるボジョレーのワインが大好きである。でもボジョレーが地理的にどのあたりにあるのかを知っている人は以外に少ない。
 ボジョレーはロマネコンチなどで世界的に知られるワインを産出するブルゴーニュ地方とその南で接している。ブルゴーニュワインの都・ボーヌはパリから南東に310?の所にある。車で3時間余り走って高速6号線が丘陵を切り開くと目の覚めるようなぶどう畑の風景が右に左に波打つように続いている。そこから北手に出ても南手に出てもワイン愛好家たちが夢見るぶどう畑や憧れの村が続く。丘陵東斜面は文字通り黄金の丘COTE D'ORと呼ぶにふさわしい。ボーヌからさらに南に下ると丘陵はシャロンの丘COTE CHALONAISE,マコンの丘COTE MACONNAISEと名前を変えて続いていく。
 ボジョレーの丘はマコンを過ぎたところから始まる。丘陵に沿って県道を南へ下って行くと最初に現れる村はサンタムールSAINT-AMOURと言う(写真1)。<聖なる恋>とも訳せるわけで名前が実に良い。ここのワインは結婚式やヴァレンタインデーに使ったら必ず喜ばれるワインであろう。SAINT-AMOURを筆頭にボジョレーの丘陵に入るとすぐに有名な村々が次々に現れてくる。JULIENAS, CHENAS, MOULIN-A-VENT, FLEURIE, MORGON、どの村を見ても絵になる風景ばかりである(写真2)。
 結婚式が行われたのはブルイー山MONT BROUILLY の麓のサンラジェー村SAINT LAGERであった。人口950人ほどの簡素な村で役場さえも質素にできている(写真3)。表にはフランス国旗が掲げられ、横壁にMAIRIE(メリー・役場)と表示されている。メリーには5年ぶりの大統領選挙の候補者ポスターの看板が並んでいる。式は土曜日。2階のサロンは簡素ではあったが 、ルイ13世スタイルの椅子が4つ並び威厳を与えている。さらに壁には大統領の写真と共和国を象徴する女性像マリアンヌが置かれて結婚が正式であることを伺わせる。肘掛け椅子2つは新郎新婦の席で、肘掛のない椅子は証人席だ(写真4)。
 ところでマリアンヌ像(写真5)のことだがこの胸像はフランス全国の市町村役場に置かれている。フランスの現代史はバスチーユ牢獄陥落で知られるフランス大革命から始まる。この大革命を通してフランス国民は<自由、平等、友愛>の理念を掲げた共和国を建国していく。その象徴がマリアンヌ像なのだ。マリアンヌが被っている帽子はフリギア帽と言って赤色で古代ローマ帝国下フリギア人がしていたものだが解放された奴隷が被るようになりフランス大革命時には<自由>を象徴するものとして取り入れられた。革命以降、離婚が自由になるや、村役場には行列ができたと言われているが、以来、正式の結婚式はまず役場で、そして教会での結婚は自由選択になった。

写真3

写真4

写真5

写真6

写真7
 サロンに親族たちが集まるとホッペのキッスが始まった。久しぶりの再会と二人の人生の門出を祝う重要さから左右のホッペに2回ずつ計4回もキッスをする。やがて村長が表れて式が始まった。村長は女性で左肩から斜めにフランス国旗のたすきを掛けている(写真6)。共和国による正式の結婚式が始まったのだ。サロンに緊張感が漂う。若い二人は背筋を伸ばして村長の話に耳を傾ける。
 日本ならば婚姻届だけで簡単に済ませる結婚式もフランスでは全く様子が違う。まず婚姻届が役所に張り出される。それは結婚が重婚でないか?結婚に異議はないか?を公に見てもらうのが目的だという。結婚は男女の純な愛が実ったものと考える私たちはうぶなのだろうか。また婚約者二人は<結婚契約>を結ばなければならない。結婚を契約するということも私たちには理解できないところがある。男女の愛で十分ではないか?とうぶに考えてしまう。しかもすでに別れる事態を想定して二人の財産をいかにするかを考えているところなど日本人には全く興ざめだ!海に囲まれて安全に、そして一応仲良く暮らして長い歴史を作ってきた日本人と豊かな風土を持ち陸続き故に激しい歴史を持っているフランス人との人間関係の相違は結婚式のやり方に端的に表れている。
 共和国の民法を読み上げた村長は二人にサインを要請した(写真7)。そして市民的結婚式は村長の祝福の言葉を最後にわずか10数分であっさりと終了した。婚姻者二人は宗教的結婚式も決めていたので、祝福の場は役場前にある教会へと変わった。

協会HP文化部





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