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■ミロのビーナス

ルーヴル美術館の<ミロのヴィーナス>が、日本テレビがメセナ(学芸スポンサー)となり、2年間の工事を終了し、7月7日からシュリー翼地上階にやっと永住の地を見つけ落ち着きました。

日本テレビ

現在<ミロのヴィーナス>のある部屋は、かつて1824年から1848年までの間、この 彫刻が置かれていた場所で、彼女はやっと古巣に戻ってきたという訳です。

ミロのビーナス

新しい展示室は、大きく2つのギャラリーに分かれ <サモトラケのニケ>方向から来ますと、左側の ギャラリーは、アテネからマケドニア、小アジア、ローマ、エジプト等への”ギリシヤ文明の旅”とでも言えるような展示の仕方で、パルテノン神殿建築からローマ時代まで(450年〜紀元前30年)の、特にヘレニズム文化の影響を地域的、民族学的に見せています。  黄金の王冠、壷、躍動感あふれる馬のレリーフ、アレキサンダー大王を彫った金貨、マケドニアの 埋葬室の大扉などが展示してあり、比較的閑散としていますのでゆっくりと鑑賞できます。

右側のギャラリーには、<ミロのビーナス>をはじめとして、ギリシャ神話の神々や英雄達の彫刻群が置かれています。

オリジナルはほとんど残っていないと言われる失われた古代ギリシャの彫刻家の作品が、ローマ時代の複製 によって鑑賞できる部屋でもあります。

AGIJ

複製と言っても、それらは約2千年程も前からの素晴らしい彫刻群なのです。

ポリュクレイトス派の彫刻のコピー作品<ナルシス> そしてその前にある<アフロディティー>の像は、それぞれ2体ずつありますが、微妙に複製した作者に よる違いが作品に現れ、比べて鑑賞することも面白いです。

ポリュクレイトスは、数学的に考えた理想的人間のプロポーションを”カノン”という言葉で表して美学理論を打ち出し、後の芸術家に多大な影響を与えた紀元前5世紀の彫刻家です。

ミロのビーナス

<ミロのビーナス>の、周りだけは混雑してますが、このギャラリーも割合と空いていて、魅力あふれる男性像、女性像をゆっくり鑑賞することができます。

では、パロス島産の白大理石でできたこの美しい夫人を、もう一度しっかりと眺めて みましょう。

身長は204p(台座を入れて211p)
 バスト121p、ウエスト97p
 腰回り129p、体重1000kg

神の比率美と言われる人間が最も美しいと感じる”黄金比”で構成されているそうです。

鼻先、唇の内側、右足親指は発見直後に整形、 リフティングされましたし、髪のシニョンも、 大理石の小さな破片が見つかり、それを接合修復してあります。

ミロのビーナス
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彼女は、紀元前130〜100年頃のギリシャに生まれました。

1820年、キクラデス諸島のメロス島(ミロ島)で、まずは2個の大理石の大きな固まりが農夫によって堀り出され、それがたまたま通りかかったフランス人海軍将校、考古学に興味を持っていたオリヴィエ・ヴーティエの目に留まり、素晴らし発見であることを感じた彼は他の断片も探させ、合計6個のブロックが見つかったのです。

当時、島はオスマン・トルコ占領下にあり、発掘された物はトルコ政府に没収されたのですが、フランス大使リヴィエール侯爵が買い取り、その後ルイ十八世に献上されて、1821年3月1日ルーヴル入りしたのです。

ちなみにルーヴル宮殿から<ミロのヴィーナス>が海外旅行したのは、今までたった一度、1964年に日本に行った時だけだそうです。

ミロのビーナス

当時キクラデス諸島で普及していた嵌め込み式の婦人像で、上、下半身、左腕、左足は金属などで繋がれていたようです。

腕輪、イヤリング、髪止などにも金物の装飾品が使用されていた跡があります。

同じ部屋に、当時この辺りに流行したブロックの嵌め込みテクニックがわかるように、いくつかの彫刻が展示されています。

ヴィーナスはアフロディーテとも呼ばれ、ギリシャ神話の愛と美の女神、海から生まれた女神です。その顔は古典時代の誇り高き女神の顔で、髪型、その肉体美は、紀元前4世紀のプラクシテレスの作品で、モデルを目の前にして、初めて等身大の裸婦像を彫ったと言われる、<クニドスのアフロディーテ>を想像させます。この人の作品は当時の人々に大変なショックを与え、たくさん複製されていますので、このギャラリーでも見る事ができます。

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紀元前3世紀から1世紀のヘレニズム時代の特徴の小さな胸、(でもこの胸は横から見ると何と美しい胸でしょう!)肉体美を誇るかのような螺旋状で立体的な構成、腰から下のドレープの柔らかく滑り落ちる様など、大変見事に女性の美しさを捉えています。

後ろから見る背中の柔らかい肉付き、腰のヴォリューム感、真横から見る腹部の重量感、首のしわ等々、全てが生々しい熟年の女体を想像させますが、若々しく持ち上がった理想的な胸や女神の端正な顔立ちが彫刻全体に品格を与え、少しも嫌らしさを感じさせません。ギリシャの芸術家に脱帽です!

ミロのビーナス

作者は、当時、<アンティオキの市民メニデスの息子、アンドロス>と銘記されたブロックが発見されたのですが、残念な事に、それは他の発掘石と一緒にルーヴルから紛失してしまっており、はっきりとはわかっておりません。

<ミロのヴィーナス>は、どんなポーズをとっていたのでしょうか?

  1. 右手は左腰にあて、滑り落ちる布を押さえていたのでは?
  2. 左手は石柱の上に乗せ”パリスの審判”を思わせる林檎を持っていたのでは?
  3. 楯のような金属製の鏡を持って自分の姿を見ていたのでは?
  4. 覗き見されたビーナスがハッとして手を上げていたのでは?

・・・と諸説あります。

ミロのビーナス

この部屋に、同じ時期に近くで発掘された大理石の角柱が3本展示され、柱頭にそれぞれ男性の頭が乗っています。年齢の違うこの3人の男性の柱のいずれかにビーナスは肘をついていたかも、・・・とか、発掘当初はいろいろと言われていたようです。でもこの角柱は、ビーナス像の造られた時代とは違う年代の作品であると言う人もおり、未だに謎です。

ミロのビーナス

また同じガラスケースの中には、林檎を持つ左手と腕も展示されています。これはひょっとしたら<ミロのビーナス>のものかもしれません。足も展示されていますが、サイズが違いますので、彼女の足ではなさそうです。

眺めているといろいろと想像は尽きないのですが、ここはスリ達の仕事場でもあります。見惚れていますと掏られますのでお気を付け下さい!!



松下 光子
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