時代は１９世紀になると鉄道の発達によりパリジャンたちまでが鉄砲かついで来るようになった。ラモット・ブーブロン（Lamotte-Beuvron）駅前のホテルは急に忙しくなった。エピソードとして語られるに、ある日、レストランは満席で猫の手も借りたいほどであった。サービスも滞りなく終わってひと息ついた時、最後のデザートが足りないことが分かった。調理場の担当は妹のカロリーヌで、あわてて調理場に行く。ほとんど材料はなかったがテーブルの上にリンゴが数個転がっている。もともとそそっかしい性格のカロリーヌはパイ皿にバターを塗り、砂糖を振りかけ、リンゴを大まかに角切りしてその上に並べオーブンの中で煮込んだが、しばらくしてパイ生地を敷かなかったミスに気付いた。そこで仕方なく薄い生地でキャラメル化されたリンゴを覆うことにした。こうして出来上がったのが焼きリンゴパイである。パイ生地をかぶせるという常識破りの作り方になったので今までにないリンゴパイが出来上がった。焼きたてのパイを客に運ぶと、＜こんなに暖かいりんごパイは初めてだ！＞と大喜び。そそっかしいカロリーヌの姓はタタン（Tatin）という。タルト・タタンはこのようにして誕生した。今でもホテル・タタンは駅前にある（写真１）。時代は変わり鉄道乗客は減少し森は昔のようにまた静かになっても、ホテル・タタンは健在で今でも伝統料理と有名なタルトをサービスしている（写真2）。

　そして、タタン姉妹が使用したオーブンは今でもホテルのカフェ・バーに展示されている（写真３）。ラモット・ブーブロンはパリから南に170ｋｍの所にあり、列車で行くとすればパリ・オーステリッツ駅からオルレアンに行き、ヴィエルゾンVierzon、ブルジュBourges方面に乗り換えると良い。

　ソローニュの森を探検するのに車も良いがサルブリ（Salbris）の町が始発の国鉄小型電車に乗れば森横断を遠足気分で楽しめる（写真４）。樫、白樺、松、杉、栗の木などが混在して続くソローニュの森を単線電車はのんびりと走っていく。森下の雑草や灌木は野性のままにあって限りなく続く。そして突然現れる沼が神秘性を与えてくれる（写真５）。これらの沼は鹿、猪、野うさぎなどの野生動物や雉、鷺等の野鳥が棲息し繁殖できる源になっている。サルブリから西へ20数ｋｍのロモランタン（Romorantin）まで小一時間かかるので車の方が早く着くぐらいだが電車の方が断然面白い。ただし、本数が全く少ないのでドライバーの方は電車に乗らず連れの方や子供だけを乗せ、先回りして駅で待っている方が無難だ。ドライブする場合、途中にあるセル・サン・ドニ（Selle-St.Denis）の村ではレンガを使った小さな家が仲良く並んでいるのでストップの価値がある（写真６）。レンガ造りは典型的なソローニュの家の造り方だ。このような村ではむしろ宿泊し森の散策を楽しみ秋ともなれば紅葉を楽しみながらジビエー料理に舌鼓を打つべきかもしれない。走るごとに車窓からは、ポツンとある一戸建ての森の家、捨てられたような農家、個人所有の広大な敷地やお城などが見えてくる。そして村道に車がほとんど走っていないのでとても快適だ。